|
天保11年(1840年)、金沢の中堀川町(現金沢市堀川町)で、小野太三郎は誕生した。
幼年期は気ままに振る舞い、朝から夕方まで遊んで過ごしていたが、少年期に、たまたま読んだ院本忠臣蔵の大序に、「嘉肴(うまい料理)ありといえど食せざれば其味を知らず」云々とあり、これに悟るところがあったという。
その後の太三郎少年は、四書経典餘師を購入して、暗唱するまでになり、大義に通じるようになる。また、和歌や美談を聴き、学問や道徳を蓄えたという。
11歳のころ、近江町にて、亀が衆人から崇められ銭を投げ与えられている反面、哀れみを乞う老人を衆人は排斥、駆逐するのを見て、衆人の不人情に悲しむ。
このことが、慈善の志を胚胎する理由のひとつになったといわれている。 |